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水戸地方裁判所 昭和47年(ワ)255号 判決

原告 武藤かね

右訴訟代理人弁護士 矢田部理

同 丹下昌子

右訴訟復代理人弁護士 天野等

被告 水戸市

右代表者市長 和田祐之介

右訴訟代理人弁護士 黒沢克

主文

被告は原告に対し、金一四九万八一三五円及び内金一二九万八一三五円に対する昭和四七年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

この判決第一項は仮りに執行することができる。

但し、被告が金一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し、金三九五万二一七六円及び内金三六五万二一七六円に対する昭和四七年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二双方の主張

一  請求原因

(一)  原告は、昭和四四年一〇月一日午前五時二〇分頃、原告の夫武藤弘の運転する自動車に同乗し、水戸市道仲町一号線(以下本件道路という。)を水戸駅方向から栄町方向に向けて時速約三五キロメートルで進行中、水戸市五軒町小学校前路上(以下本件事故現場という。)において、道路工事中の舗装された部分と舗装工事未了部分との段差が約四〇センチメートルもあったため自動車がはね上り、その衝撃のため入院一五六日、通院約一年を要する第一腰椎圧迫骨折の傷害を受けた(以下本件事故という。)。

(二)  本件事故が発生した本件道路は、被告水戸市の管理するものであるところ、これが設置及び管理に次に述べる様な瑕疵があり、これによって本件事故が生じたものであるから、被告は国家賠償法二条一項により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

道路管理者は、道路を常時良好安全な状態におく(道路法四二条)と同時に、交通の危険が発生するおそれがある場合には、機敏に通行禁止、制限等交通規制の措置を誤たずにとる(同法四六条)義務がある。

本件道路は、被告が昭和三八年から始めた舗装工事のため工事中であったが、舗装工事は地面から相当深く掘り下げるため、舗装工事の完成した路面は舗装工事未了部分の路面より約四〇センチメートルも低くなる。かかる段差は交通の危険を生ずること明らかであるから、被告は本件道路の通行の禁止、制限の措置をとるか、又は通行させるとしても、舗装部分と未舗装部分との段差に緩やかな傾斜をつけると同時に、段差があることが通行者に容易にわかる様な標識を設置する等して危険防止の措置をとるべきであった。しかるに被告はこれらの措置をとらなかったために本件事故が生じたものである。

(三)  原告は本件事故によって次の損害を蒙った。

1 医療費    金六万一二一一円

2 付添費   金一八万七二〇〇円  一日金一二〇〇円、入院期間一五六日分

3 入院雑費  金一二万七四八〇円  入院一五六日分

4 休業損害  金二三万八八七八円

原告は本件事故当時、茨城県那珂郡那珂町上菅谷の大會根製作所に仕上工として勤務していたが本件事故により昭和四四年一〇月一日から昭和四五年六月末日まで欠勤し、その間本件事故前六ヶ月間の平均収入月額金二万六五四二円の割合による損害を蒙った。

5 逸失利益 金一四三万七四〇七円

(1) 原告は、本件交通事故により就労不可能となったため、昭和四五年六月三〇日大會根製作所を退職するほかなくなった。その結果、昭和四五年七月一日から昭和四七年九月末日まで前記4の所得を基準にして計算した得べかりし利益の喪失額は、金七一万六六三四円となる。

(2) 又原告は、後遺障害のため殆ど仕事ができず、仮りに一部回復したとしても、少くとも神経系統に障害を残し、労働が相当程度制限されることは明らかであって、労働能力喪失率は二〇パーセントである(後遺症障害等級一一級の五)。原告は昭和四七年一〇月一日現在満四七才であるから、就労可能月数は一八三ヶ月となり、その間前記所得の二〇パーセントの割合による得べかりし利益を失い、これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して現価を計算すると金七二万〇七七三円となる。

6 慰藉料      金一五〇万円

原告は、本件事故のため約五ヶ月の入院をし、その後も一年を要する通院し、腰及び脚が痛む後遺症に悩み、勤務先の退職を余儀なくされ、現在も仕事ができず病床にある等、その精神的、肉体的苦痛は計り知れないものがある。

7 弁護士費用     金四〇万円

被告は原告の再三の請求にもかかわらず何等の支払をしないため、原告は本訴の提起を余儀なくされ、原告訴訟代理人に対し、着手金として金一〇万円を支払ったほか、金三〇万円を第一審判決時に支払う約束をした。

(四)  よって原告は被告に対し、以上の合計金三九五万二一七六円及び内金三六五万二一七六円に対する不法行為後の昭和四七年一〇月一日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否ならびに主張

(一)  請求原因第一項の事実中、本件道路に工事未了部分と完成部分があったことは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同第二項の事実中、本件道路は被告が管理していること、道路管理者に原告主張の注意義務があること、本件道路に舗装した道路面と未舗装の道路面に高低差があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件道路は、昭和四三年一〇月二三日から昭和四四年三月二五日までの間舗装修繕工事をしたが、舗装した道路面が未舗装の道路面より約二七・五センチメートル低くなったので、未舗装部分約五メートルにわたって傾斜をつけて削り、約五・五パーセントの勾配をもって接続したので、制限速度四〇キロメートルのもとでは交通上の危険はない。更に被告は、昭和四四年九月九日本件道路の段差が始まる地点よりそれぞれ三メートル手前の地点に、自動車の進向方向に対向して、道路標織、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日総理府、建設省令第三号)の定めに基づく高さ二・四メートルの「徐行」と標示した標識を設置していた。従って被告に本件道路の設置、管理に瑕疵はなかった。本件事故が本件道路において生じたとしても、原告側において、これを無視した通行方法をしたか、これを見過す過失によって生じたものである。

(三)  同第三項の事実は争う、

(四)  同第四項は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、原告は昭和四四年一〇月一日午前五時三〇分頃、夫の武藤弘の運転する自動車(ダイハツ軽四輪トラック)の助手席に同乗し、本件道路を水戸駅方向から栄町方向に向けて進行中、新しく舗装した路面と工事未了の路面との継目に段差が生じていた本件事故現場において、右段差のため自動車がはねあがり、その衝撃によって第一腰椎圧迫骨折の傷害を受けた事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

二  本件道路は被告の管理する市道であること当事者間に争いがないので、本件事故が本件道路の設置、管理の瑕疵によって生じたものかどうかについて判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和四四年始め本件道路の舗装工事中のところ、同年三月二五日予算の都合で工事を一時中断したこと、右工事は、本件車道(幅員八・三メートル)全部を約七五センチメートル掘下げた上、新たに舗装工事をするため、工事を終った路面の高さが工事未了の路面の高さより道路の中心付近で約三〇センチメートル、側端で約二〇数センチメートル低くなったこと、本件事故現場はその継目であったところ、工事を中断した際高い方の工事未了部分を削り、砂利を入れた上に厚さ数センチメートルの舗装をして接続したこと、その接続部分の傾斜面の長さを正確に知る資料はないけれども、その長さは四メートルを超えるものではなかったものと推認されるところ、本件道路は車輛の通行が多く、しかも工事中止後半年間もそのままであったため、いわゆる簡易舗装の右すり付部分が沈下し、本件事故当時は更にすり付部分の傾斜は急になっていたものと推認されること、この段差のため、単車が転倒したり、衝撃のため傷害を受けたものが原告のほかにもいたこと、本件事故現場付近の居住者は、夜間段差を通る自動車の衝撃音と震動のため、目をさますこともあったこと、しかるに被告は傾斜面を長くすることによって容易に改修できたのに、昭和四四年一〇月中旬頃までその補修をしなかったこと、

2  本件事故現場は前叙のような状況にあったため、昭和四四年八月中旬被告の土木課長中村雄行が、本件事故現場に「徐行」の標識を設置するよう指示し、同月二七日本件事故現場からそれぞれ三メートル手前の道路の両側に、自動車の進行方向に対向する位置に、道路標識・区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日総理府・建設省令第三号)に基づく「徐行」の規制標識(高さ二・四メートル、下部に重りのついた移動式)を設置したこと、しかし右標識は移動式のため、いたずらで当時路側端にあった溝に投げこまれたり倒されることが多く、近隣の者がこれをもとに戻したりしていたこと、本件事故前被告土木課員が本件事故現場を通ったとき、右徐行標識を確認していないこと、本件事故後間もなく現場の確認にいった武藤弘は、「徐行」の標識がなかったことを現認していること、

3  原告を助手席に乗せた武藤弘は、本件事故現場を始めて通行するのであったが、本件事故現場にさしかかったときは既にライトを点ける必要がない程明るくなっていたこと、本件事故現場の工事完成部分の路面は黒っぽい色であるのに対し、未了部分の路面は白っぽい色であったため、前方を注視すれば前記段差の発見は容易であったこと、しかるに武藤弘は右段差があることに気ずかず、時速約三五キロメートル(本件道路の当時の制限速度は時速四〇キロメートル)のまま段差に乗りあげたため、その衝撃で自動車がはねあがり、そのため原告が前認定の傷害を受けたこと、本件道路の自動車の通行量は、一日一〇〇〇台を超えるものであったところ、段差の存在した昭和四四年三月二五日から同年一〇月中旬頃までの間、右段差による事故であることが確認できるものは数件にすぎないこと、

右認定に反する証人青山好美(第一ないし第三回)、同中村雄行、同武藤弘(第一、二回)の各証言部分は、前掲証拠に対比して採用できず、又乙第二号証(鑑定書)及びその作成者である証人園田尚正、同塩坂行雄の各証言は、本件事故現場の傾斜面の長さ(すり付部分)が五メートルであったことを前提とする実験結果であるのに、本件事故現場のすり付部分は前認定のとおり五メートルはなかったこと、しかも被験者はあらかじめ段差の存在を知っていた二〇才から三〇才の女性であるのに、原告は本件事故当時四五才の主婦であり、段差の存在は全く知らなかった(本件事故の態様においては、特にこの点は重要なものと考えられる。)こと等の点においてその前提を異にするので、必ずしも前記認定の妨げとなるものではなく、他に前記認定を動かすに足りる証拠はない。

(二)  前記(一)の認定事実によると、本件事故現場のすり付部分は、通行車輛(特に原告が乗っていた車長の短い軽車輛)に本件事故のような危険を生ずる状態であったものというべく、僅かの補修工事で容易に右危険を除去することができたのに、半年余の長期間そのまま放置していたものであって、道路の安全性を欠くものというほかはない。

そして被告は本件道路の管理者として、危険防止のため「徐行」或は「段差の存在」を標示する等の義務があるところ、被告は前認定のとおり「徐行」の標識を設置したけれども、移動式であったため倒される等してその機能を十分に果し得なかったのに、僅かの費用でこれを固定式に変えることができたのにそのままにし、しかも標識が設置されてから本件事故発生時までかなりの期間があったのに標識の位置、状態等について全く確認していなかったし、本件事故当時「徐行」の標識が本件事故現場付近にあったことを認めるに足る資料のない本件においては、被告に本件道路の管理に瑕疵があったものというほかはない。従って被告は原告に対し、本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

三  損害額について判断する。

(一)  《証拠省略》によると次の事実が認められ、他にこの認定を動かす証拠はない。

原告は本件事故によって生じた第一腰椎圧迫骨折の傷害のため、昭和四四年一一月一日から昭和四五年一月一九日まで(一一一日間)志村胃腸科外科病院に入院し、その間入院の日から約一ヶ月歩行困難のため付添を必要としたこと、その後昭和四五年一月二四日から通院加療中であったが、同年三月二五日から同年五月八日まで右病院に再入院して治療を受けたこと、その後同年五月一四日から同年七月一九日まで通院治療を受けたが、後遺症として腰と下肢の疼痛、脊柱奇形があり、後遺症障害等級一一級の五の認定を受けたこと、本件口頭弁論終結当時の原告は、重い物を持てないが家事労働には特段の支障はなく、寒い日に腰の疼痛がある程度であること、

(二)  《証拠省略》によると次の事実が認められる。

1  原告は、志村胃腸科外科病院に治療費として金五万六七三五円を支払ったこと、

2  原告の入院期間中娘二人が交替で付添ったが、原告が歩行不能で付添を要したのは事故の日から歩行可能となるまでの三〇日間と認められるところ、その間の付添費は一日金二〇〇〇円の割合による合計金六万円が相当であること、

3  原告は入院期間中の一五六日間一日金五〇〇円を下らない雑費を要したので、その合計は金七万八〇〇〇円となること、

4  原告は本件事故当時、茨城県那珂郡那珂町上菅谷の大曾根製作所に勤務し、平均月収金二万六五四二円の収入を得ていたところ、本件事故のため、昭和四四年一〇月一日から昭和四五年六月末日まで休業し、その間合計金二三万八八七八円の休業損害を蒙ったこと、

5  原告は、昭和四五年七月症状が固定し、後遣症障害一一級の五と診断されたところ、その症状は前認定のとおりであるので、その労働能力喪失率は二〇パーセント、その期間は五年と認めるのが相当であるから、前記平均月収金二万六五四二円を基礎にし、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると、その間合計金二七万八〇〇九円の得べかりし利益を失ったこと、

6  原告の受けた傷害の程度、入通院の期間、後遺症の程度、本件事故の態様、過失割合(後記認定)など諸般の事実を総合すると、原告の本件事故による慰藉料は金八〇万円と認めるのが相当であること、

7  原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人らに委任したところ、本件事故の態様、過失割合(後記認定)、本件事件の難易、認容額等本訴に現われた事情を考慮し、損害と認める弁護士費用を金二〇万円とするのが相当であること、

《証拠省略》には、原告が志村胃腸科外科病院に金三六九〇円、金九八四円を支払った旨の記載があるが、原告本人尋問の結果によると、右金員はいずれも入院中の通常の食費であったことが認められるので損害と認めることはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、原告が本件事故によって蒙った損害は、合計金一七一万一六二二円となる。

四  過失相殺について判断する。

本件事故は被告の本件道路の管理に瑕疵があったため生じたものであるが、前記二に認定したとおり、原告を助手席に乗せて自動車を運転していた夫の武藤弘が前方を注視していれば、容易に段差の存在を知り得る状況にあったものであって、このことは通行車輛の多い割に傷害事故の発生が少なかったことからも容易に推認し得るところであり、これを発見すれば減速し、同乗していた原告に警告する等して事故の発生を避け得たものと認められるところ、武藤弘が段差を発見できなかったため本件事故が生じたものであるから、同人に過失があったものというべく、右過失は被害者側の過失として、武藤弘の同居の妻である原告の損害賠償額を算定するに当り斟酌することとし、その割合は三割とするのが相当であり、慰藉料、弁護士費用についてはすでに原告の過失を斟酌して算定しているのでその余の損害について過失相殺する。

そうすると被告は原告に対し、本件交通事故による損害賠償として金一四九万八一三五円及び内金一二九万八一三五円に対する不法行為後の昭和四七年一〇月一日から支払がすむまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

五  結論

以上のとおり原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるので正当として認容し、その余は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、八九条を、仮執行の宣言及びその免脱につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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